「ばら色の日々」

 

 汚れた食器を台所に運んで洗って拭いて食器棚にしまい、お洗濯して干して取り込んで畳んで箪笥にしまう。
 結婚して2年。子供を産んで半年。まだそれしか経っていない繰り返される日々。
 これから先、何十年もこれが続いて行くのだろう。

 思い描く未来が、こんなにつまらないものになるなんて思わなかった。
 同じことばかり繰り返していくうちに、自分は擦り切れて無くなってしまうのではないかと真弓は不安になっていた。
 プロポーズを受けた頃に思い描いていた甘い生活は、幸人を身ごもった喜びと共に崩れていった。実際に生活していく上で、愛する人との甘くてキラキラ輝く日々なんてないのだと、この一年とちょっとの間で真弓は思い知らされていた。体調が悪かろうが相手がやらないことは自分がやるしかない。洗濯物を洗っても、その手を洗えばタオルが汚れるし、トイレも磨いた傍から使って汚れていく。終わる事のない家事という仕事。会社で働いていた時とは全く違う、終わりのない、世間では仕事だとも認められないルーティンワーク。そうして、それすら完璧にこなしきれない自分のスキルに、真弓は気分が暗くなるのを止められなかった。

 溜息をまたひとつ吐きながら、油まみれの皿を手に取った時だった。後ろで火が付いたように幸人が泣き出して、真弓は鬱々とした灰色の世界から引き戻された。
 慌てて手に付いた洗剤と油汚れを洗い流して居間に向う。すると、そこには泣き喚いている幸人を前にして動かない、夫・始の後姿があった。
 ──いるなら、なんとかしてくれればいいのに。
 仕事で疲れているとは判っていても、真弓にはそう思わずにいられなかった。泣いている自分の赤ちゃんを前にただ座っていられるその無神経さに苛立ちが募る。
「どいて。多分オシメだし」
 我ながら棘のある声だと思いつつ、真弓が始に場所の明け渡しを要求すると、始は自分の手を見詰めたままぽつりと漏らした。

「……自分の子供のうんこは、汚くないんだなぁ」

 覗き込むと、始の指先に幸人のうんちがべっとりと付いていた。
「汚いよっ。早く洗ってきなよ!」
 自分の夫のあまりの不思議ちゃんぶりに真弓は頭が痛くなった。
 
自分と違う広い視点を持った彼に惹かれた、若き日の自分を呪うほどに。視点の違いに救われた時も確かにあったが、それにしてもあんまりだと思った。始の手に付くだけはあって、広げられたままの幸人のオムツは、少し弛めのうんちで溢れていた。そのまま放置されている幸人は、かわいそうに火が付いたように泣いている。たまに育児を手伝ってくれたと思ったらこんなことを言い出して動かなくなってしまうなんて、なんて役に立たない夫なのだろう、育児は共同作業のはずなのに、と、呑気で腰の重い夫に苛立ちが募り、高まりきった苛立ちが暴言となって真弓の口を突いて出ようとした時だった。

「好きな人間のうんこは汚くないもんなんだなぁ。いつか、真弓がおばあちゃんになって呆けちゃってオシメ使うようになっても、僕が交換してあげるからね」

「……バカなこと言ってないで、早く手を洗ってきなさいって言ってるのっ!」

 はーいと間延びしたような返事をしながら、のそのそと洗面所に向かって歩き出した始の大きな後姿に向かって、真弓は「まったくもう」と小さく息を吐きながら小言を口にして、泣き続ける幸人に向き合いあやしつつ、汚れたオシリを優しく拭いて綺麗なオシメをあてがった。

 オシメ替えというあまり楽しいわけでもないその作業をしている真弓の口元には、いつになくゆったりとした笑みが讃えられていた。

 

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この話を書いた時、

「男の方が先に呆けるんじゃ」とか
「お前と同じ墓になんか入りたくないわ」とかを

真弓に言わせたかったといわれました。
でもそれは嫌です(><

夫婦生活を楽しくするのは自分次第なんだという思いを込めたはずなんですけど……う〜ん。。