「だら奥純情」

 

 洗濯物は干したし、掃除機も掛けたし、お布団も干した。
 午後からお買い物に行って、夕食の準備を……する前に、トイレとお風呂も洗っておかなくちゃ。


 そこまでやって考えて、私はソファーに突っ伏した。

 ──やりたくない。

 本気でやりたくない。けれど、あと6時間としない内に夫が帰ってきてしまう。
 それまでに、なんとかこの汚ちゃない部屋を元のレベルになるまで綺麗に磨き上げておかなければ。


 3日間の出張に出た夫・誠さんがいない間、結局一度も洗濯も掃除もしなかった。
 買い物も、誠さんを駅まで送って行った帰りに寄ったコンビニでしたきりだ。
 コンビニ弁当ひとつとお握り2つ、それからカップ麺3つと大量のジャンクフードとウーロン茶の2Lペットボトル。それにマンガ雑誌3冊。
 ゲーム機をほぼ24時間つけっぱなしでやり込みまくり、2日目からはカップ麺とジャンクフードで食い繋ぎながら雑誌のページを繰る。
 コップひとつまともに洗わない、だらけきった夢のような生活を過ごしていたのだ。
 主婦家業は気楽なのは本当だけど、1年のうち休みといえる日はほとんどない。これまで、足を骨折しても松葉杖をつきながら洗濯だって干してきたし、四つんばいで掃除もしてきた。もちろん食事だって作ったくらいには、真面目に主婦家業をこなしてきた。
 それに、いままでも日帰りの出張ならあったけれど、泊りがけ、しかも2泊3日もの出張をしたことなんて誠さんにはなかったから、主婦稼業に就いて初めてお休みをもらったようだった。
 気分はまさに夏休み!
 まぁ、それにしては短い気もするのだけれど、それでも、このドキドキ感は社会人になって初めてのお盆休みをもらった時と同じだった。
 だらけきって、絶対にこの時間までにこれをしなくちゃとか思わないでだらだらと気の向くままに過ごそうと思って、そうして昨日の深夜……いや、正しくは今朝方までその通りに過ごした。

「はぁーっ」
 ため息をひとつ吐いて、夢の残骸ともいえるとっ散らかったリビングを見回した。
『家事のできる奥さんで嬉しいよ、本当に尊敬してる』
 無邪気に笑う誠さんの顔が、頭をよぎる。
 本当は家事なんて大嫌いなのに。
 お誕生日やバレンタインに焼くケーキも、初めてできた恋人に尽くしてみたかっただけなのに。気が付いたら私の趣味ということになっていて、週末ごとに焼くのが普通になっていた。
 お洗濯も、よくわからなくてTVでやっていた通りに下洗いして色柄で分類をして洗っていたら「丁寧でスゴイ!」という事になっていた。どうやら姑はそんなことはしないらしい。母に聞いたら、実家でもやっていなかった。
 食べる事は好きで、美味しいものしか食べたくなかったから、下手なりに頑張って美味しいものを作ろうと努力してきたのは本当だけど、最初の頃に本で覚えた真面目な下ごしらえを、多少なりとも慣れてきた今も続けなくっちゃいけない事にはうんざりしていた。

「……ナーニやってんだろ、私」
 声に出してみると、本当に情けなくなってきた。
 自分自身に対してもだけれど、自分と透さんとの関係はいまでも作り物なのかもしれないということにも。
 結婚してもうすぐ3年にもなるのに、夫の前で自分が出せないなんて、私ってばおかしいんじゃないだろうか。

 ──このまま寝ちゃいたい。ベッドに潜り込んで……
 だめだ、洗濯するんでシーツもベッドパッドも外したままだ。
 まだ乾いていないし、洗い換え用のものを押入れからひっぱり出してきて、さらに敷いてからじゃないと、現実逃避すらできない。

 昨夜は、これでだら生活も終わりだなんて思ってしまったら、ゲームのスイッチを切るのがもったいなくて切なくて、カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる時間まで粘ってしまっていた。
 そうして、今日は燃えるゴミの日だったから、慌てて家中のゴミをかき集めて、ジャンクフードでお腹を満たしていたなんてことがばれないよう証拠隠滅のためにも全部綺麗さっぱりと葬りに行かなくちゃいけないことを思い出して、慌しくシャワーを浴びて服を着替えて動き出し、そのまま掃除洗濯をはじめたので、実は一睡もしていない。
 この歳で、ゲームをやり込んで完徹してしまうとは思わなかった。いくらなんでも莫迦すぎる。

 でも、これが本当の私だ。誠さんが一緒に食べてくれないならゴハンなんて作りたくもないし、部屋だって拭き掃除どころか整理整頓片付けることすらしないで平気な女なのだ。
 見栄っ張りなだけ。
 でも、できないやりたくないと思う、だらけた欲望まみれの自分をひた隠しにすることに少し疲れてきてしまっていた。

 だから、この3日間の誠さんの出張は天の采配、神の恵みだと思って溜まりに溜まった自堕落な欲求を満たし、心を癒す最高のチャンスだと思ったのに。

 3日程度じゃ足りゃしなかった。

 足りないなんてもんじゃない、全然だめ、却ってだめ、むしろ駄目、まったく駄目。
やり込もうと買ってきたばかりの『逆転裁判4』に手をつけることすらできずに終わってしまったくらい、時間は足りなかった。

 DS−liteに差さっていた、先週ついにイベントクリア100%合成達成率100%という完全クリアを果たした『FF12−レヴァナント・ウイング』を、ゲームソフトを入れてある棚に戻そうとしたときに、『幻想水滸伝5』が不意に目に付いてしまったのが運の尽きだと思う。
「うわー、懐かしい! カイル様、かっこ良いのよね。でもやっぱりゲオルグ様に敵う男はいないわね」
 すでに3週はクリアしまくっていることやデータも揃っていること、そしてなにより懐かしさも手伝って、ついつい私はPS2のスイッチを入れてしまったのだ。
 そうして──そのまま幻想水滸伝シリーズによく言われる、「5をやると2をやりたくなり、どうせやり直すなら1からやってデータを移行してやって、2をクリアしたらそれを持って3に行くべき。3までやったら4とラプソディアもちゃんとやらないとね!」となり、私としては2の主人公が夜逃げしてナナミに背負われて下りる峠道イベントでゲオルグに逢う方がイベントとして好きなので、コレを見てからもう一度夜逃げしない方向でやり直すことにしているし、オヤジスキーを身上としているので3はゲド編しかありえないと思っているけれど、ストーリー的にはヒューゴ編が本来の形なのだろうなーと判っているので、データの引継ぎのためにゲド編を堪能した後にヒューゴ編もやるようにしている。そうするとクリスちゃんが可哀想な気がするので、トーマス編と合わせてこれもやることにしているので、主人公4人分全部を見ることになる。これは時間的に結構辛い。まぁ、そういいながら楽しいからやるんだけど。
とまぁ言うわけで、気がついたら朝だったんです、今日だったんですよ!

 ナルホド君になにがあったのか知りたかったのに。それなのに、幻想水滸伝フリークの私のバカ! 『逆転裁判4』のパッケージすら解いていないなんて、ありえないよ。
 ……。
パッケージだけでも開けてみようか。リーフレットだけちょっと読んでみるくらいいいんじゃないのかしら? 



 ねぇ?

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『意義あり!』
 ぴーんぽーん♪
「……なによ、いい所なのに!」
 イラつきながらも、インタフォンに出る。
「ただいま帰ったよ! 鍵出すの面倒臭いからオートロック開けてぇ」
 誠さん!? ──え、5時?! うそっ! だって、まだ外明るいのに!?
 夏の空は、まだ明るく冴え渡っていた。
 けれども確かに時計の針は午後5時15分を差している。
「オカエリナサイ。オツカレサマデシタ」
 動揺そのままの棒読みの声でオートロックを解除してインタフォンを切り、慌てて、とにかく慌てふためいてベランダに飛び出た。喉の奥のほうから悲鳴みたいな変な声が漏れ出していた。
 シーツにベッドパッド。バスタオルにTシャツにタオルに……とにかくそこに干してあるものを片っ端から部屋の中へと放り込んだ。

「エレベーターが故障していますように! それが無理なら旦那がボタンを押す前に一度8階まで昇っていってから1階の旦那のところに降りていきますように! 降りていく途中の階で2〜3回停まって誰か乗せたりしますように!!」
 声に出して祈りつつ、手を動かし続けた。
 3日も洗濯するのをサボっていただけあって、取り入れても取り入れても洗濯物はまだベランダに吊るされていた。
 全身から、嫌な感じのする汗が噴き出している。

 ぴ〜んぽーん♪
「あぁっ! 神様!!」
 カシャカシャンッと些か強引に洗濯物サークルから靴下を引き抜いて、私はベランダから玄関へと走り寄った。
 あまり待たせても変に思われるに違いないし、第一、出張から疲れて帰ってきた旦那に申し訳ない。
「オカエリナサイ。オツカレサマデシタ」
 ついさっきインタフォン越しから伝えた言葉を莫迦のひとつ覚えのように繰り返しながらドアを開けた。
 しかし、そんな怪しげな私の態度に気付かない誠さんさんは、久しぶりに顔を合わせた私に、嬉しそうに返してくれた。
「ただいま。ひとりで淋しくなかった?」
 カクカクと頷くと、誠さんはもう一度ちいさな声で「タダイマ」と繰り返し、ちいさくただいまのキスをしてくれた。
「洗濯物畳んでたんだ。相変わらず働き者な奥さんですね。褒めてあげましょう」
 ズキッ!
 私の手に握られたままになっていた靴下を見た誠さんは誤解して、私の頭を撫でてくれていた。その笑顔が胸に突き刺さる。
「……あ、あのね、あの」
 口ごもる私に誠は持っていた紙袋を手渡した。
「はい、良い子な奥さんにご褒美のお土産です。チョコ饅頭。美味しそうでしょ?」
 お夕飯の後に食べようね、と言いつつ居間に入った誠さんの足が、そこで止まった。
 開いたままの窓の外、ベランダには取り入れ残されたままの洗濯物が風に舞ってひらひらとしており、テーブルの上には、開封されたばかりのゲームパッケージや広げられたままのリーフレットも風にそよいでいた。
 そうして、電源が入ったままのDS−liteからは、『逆転裁判4』裁判中のBGMが鳴り響いていて……なんというか、もう言い訳のしようがない感じ。
「あのね、えっとね、これはその……」
 情けなさに、涙が滲む。
 30過ぎてなにしてるんだろう、私。ゲームに没頭して家事を忘れるのもそうだけど、こんな莫迦な自分の行為の言い訳なんかしようとしている自分がたまらなく惨めで情けなかった。
 自分で呼びかけた声に振り返ってくれた誠さんの顔を見るのが怖いなんて、私は小学生かっ。
「楽しく遊んでたんだね。よかった」
 なでなでなでなでなでなで。
 頭を撫でている誠さんの手を、思わず弾いた。
「な、なんで『よかった』なのよ? 私は家事をサボって自堕落に遊んでいた駄目女なのに!」
 予想外の誠さんの反応に、混乱して声が大きくなってしまった。
 これではまるで私が責めているようだ。
「なんでって……楽しかったんでしょ?」
 こくん、と肯いた。楽しかったのは本当。楽しすぎて、時間が経つのが早すぎて困ってしまった。
「楽しくお留守番の方が、ひとりで淋しくお留守番よりずっといいじゃない。ついでに言えば、買ってきたソフトが糞ゲーじゃなくて良かったね、だね」
「でも、家事は私の仕事なのに、それを放り出してまでやり込んじゃって……」
「まぁ、たまにはいいんじゃない? 毎日じゃ困るけどさ。あんまり溜めすぎない程度にサボるのもありでしょう」
「でも、ちゃんと家事をこなす奥さんの方が、好きでしょう?」
「もちろん!」
 まさに即答って感じで声が返ってくる。
「だったら……」
「でも、楽しそうにゲームしてる奥さん見てるのも、好きだよ。変な顔してゲームに熱中してる奥さんを見ながら飲む酒は格別だし」
「……なんか、褒められてない気がするんですけど」
 貶されてもいないとは思うけれど、それでも喜んでいいような内容ではない筈だ。
「まぁ、いつでもお友達を呼べるレベルに綺麗にしておいて欲しいのは確かだけれど、たまに時間を気にしないでやりたいゲームをやるくらい羽目を外してもいいんじゃないの」
 笑顔のままの誠さんに、ぽんぽんと頭を叩かれながら諭された。
「……誠さん、なんか大人」
「おう。夏巳の保護者だからな。ちなみに俺の保護者は夏巳だから。ちゃんと保護観察するように!」
「それ、なんか変じゃない?」
「ちゃんと一杯俺を甘やかすんだぞ!」
 それって胸を張って言うことじゃないと思うんだけど。でも、甘やかされているのは、私だね。
「あのさ、奥さんがゲーム好きなのって、嫌じゃないの?」
 普通に考えて、半端ないゲーマー状態な妻って嫌なんじゃないだろうか。
「我が家に何機種何台のゲーム機があるか、知ってる?」
「……ニンテンドーのが、64にキューブにゲームボーイにDS−liteでしょ、ソニーがPSにPS2、セガがサターンとあと……」
「ドリームキャスト」
「……です。PSは2台あります」
「ゲームボーイアドバンスとポケットピカチュウを忘れているぞ」
「あ、はい。アドバンスも2台あります」
 指折り数え上げていくうちに、なんだかお尻のあたりがむずむずしてきた。もしかしなくても、私って、莫迦?
「さて、問題です。それらのゲーム機を買ったのは、誰でしょう?」
「……PS2以降に出たのは誠さんが買ってくれました。その前のは、私が独身時代に買いました」
「そう、夏巳の嫁入り道具だった。そうして俺が買ったのは、夏巳への誕生日やクリスマスもしくはホワイトデーのプレゼントだな」
「……はい、そうです」
 冷や汗が再び背中を流れていく。
「あとさ、『おやすみなさい』ってベッドに入った後に、ひとりで抜け出してゲームしてる時あるだろ」
「うそっ!?」
 反射的に大きな声を上げてしまった私に向かって、誠さんが不愉快そうな顔を向ける。
「なんで嘘なんだよ、本当のことだろ。第一、なんで俺が夏巳に嘘吐いたりするんだよ」
「……ごめんなさい。…………気付かれていたことが嘘であって欲しかっただけです」
 最後の方は、声に出せていたのかどうかもわからないほど私は脱力していた。
 なんかもう、全部というか全然だめだめだ。
 もう、本当にだめだ、私。
 これ以上は立っていることすらできなくて、その場にへたり込んだ。
「気がつかない訳あるかよ。もしかして、今まで本当に俺に気付かれていないと思っていたの?」
「……思ってた」
 全部バレていたなんて、知らなかった。ううん、知りたくなかったよ。
「俺だって続きが気になる小説とか止まらなくてせめて切りの良い所まで読みたい時もあるし、やりたい時もあるんだろうなって思っていたからな。そっとしておいたんだ」
「そうなんだ」
「クマだらけのしょぼしょぼした目になっていても、弁当も朝食もきちんと用意してくれていたし、まるでなにかを償うみたいにそういう日は部屋の中も綺麗になっていたしな。掃除も整理整頓も苦手だって知っていたから、部屋が綺麗になっていると嬉しかったよ」
「掃除が苦手だって、知ってたの?!」
「結婚して何年経つと思ってんの、3年だよ? 分からないとでも思った?」
 なんかもう、いろいろヘコミすぎて言葉が出ない。
「本当は掃除だけじゃなくて、洗濯も料理作るのも苦手というかやりたくない人だろ、夏巳は」
「じゃあなんで毎日毎回褒めるの? 上手とか丁寧とかスゴイとか。毎日毎回ものすごいプレッシャーで苦しくて仕方が無かったのに」
「憶えてないの? 最初のころ、少しきつめに家事の手抜きを指摘したら、『褒めてくれなくちゃ何にもやる気がしない。何でもいいから褒めてよ』って泣いたこと、もう忘れちゃった?」
「あ!」
 そういえば、そんなこともあったような無かったような……。
「だから褒めてたのもあったんだよ」
「『もあった?』……なに、その含みを帯びた台詞は?」
 なんでもいいから自分の身から出た錆な話題から逸らしたくて、言葉尻に絡んでみた。
「……だめ、言わない」
「なんでよ?」
「怒るから、言わない」
「言わないと、怒るっていってるの」
 だめだ。怒りたいのに、目が、口元が怒れてない。
 私がわざとらしく膨れて見せるのを前にしている誠さんの目も笑っていた。
 違う。
 誠さんのその顔は、完全に笑っていた。
 仕方がないから、私も笑った。
 声に出して一緒に笑いながら、私たちは一緒に部屋を片付け始めた。

 

 

 

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 洗濯してパンを焼いてとしている時に、私は家事を好きで家事をしていますが、嫌々洗濯したりパンを焼いたりするような生活をせざるを得ない生活をしている人がいたら大変そうだな、それがバレたら面白いかなーと妄想をして一気に書き上げました。

妄想にのめり込みすぎて、パンにバターを入れ忘れそうになりました。

後から追加で入れたのですが、

ちゃんと膨らんで良かったです(笑)