「 真夜中に 」

 

 

 いいあらわしようのない重苦しさに、祥子は目を覚ました。

 頭が痛いような、ぐらつくような、重苦しい感じとでもいえばいいのだろうか。
 風邪を引いて熱があるときとは違うが、いいようのない気持ち悪さに胸がむかついて苦しかった。

 ふと、鼻をつく血なまぐさい臭いに気がついて、祥子の綺麗な眉根が寄る。
 学生寮である祥子の部屋でそんな臭いがするなんていうことはありえなかった。

 動くのもかったるいし、もしかして起きた夢でも観ているようだと、ぼんやりとする頭で思っていた。

 

 視線の先にある目覚まし時計は、ほの明るい電子文字でAM2:00を表示している。普段の祥子ならぐっすりと寝ている時間だ。

 この春から始めたばかりの学生寮生活はなれない事だらけで、身も心も疲れていた。

『水でも飲んで、トイレ行って寝よう』

 ため息を吐きつつ起き上がろうとして、祥子は驚いた。

 身体が動かなかったのだ。

 押さえつけられている訳ではない。大体、この部屋にいるのは祥子一人だ。

 

  ── では、なにが?

 

 さすがにいつまでも寝惚けていられずに、祥子は飛び出しそうな心臓をなだめつつ、息を整えてもう一度起き上がろうとした。

 しかし、起き上がれなかった。

 頭が割れるように痛かった。

 押さえつけられているような感覚はなかった。どちらかといえば、上半身を下に引っ張られている(貼り付けられている?)ような感覚がそこにはあった。まるでベッドに引きずり込まれるような不思議な感覚。ベッドの海に沈みこんで、二度とは浮かび上がれなくなる。そんな馬鹿な妄想が頭に浮かんで消えた。

 馬鹿らしい妄想だと思わなくもないが、ベッドに磔にでもなったように身体は動かせないままだった。

 焦りに、ともすればパニックを起こしそうになる頭を懸命に落ち着かせて、祥子は懸命に現象を理解しようと努めた。

『これが金縛りという奴ね』

 それなら対処法を知っていた。
 ずっと昔に観たTVの怪談特集で、霊能力のあるというお坊さんが般若心経を唱えればいいと言っていた事を覚えていた。ただ問題なのは、最後まで正確に唱えることが祥子には出来ない、ということだった。

 もっと正確にいえば、最初の部分だけしか知らないし、それすら定かでなかった。

 

『なんにもしないよりマシでしょ』

 そう自分を言い聞かせ、祥子は懸命に般若心経もどきを頭の中で繰り返した。

 

  まーかーはんにゃ〜はーらーみっだーしんぎょーー

  かんじ〜ざいぼーさーつぃーぎょうじんはんにゃ〜はーらーみっだーじーしょうけん

  ごーうんかいくぅーどーいーさいんぎょーー…………?

  

 最初の一行目以外は、かなり適当だった。お盆の時に独経を上げてもらう時に適当に合わせてばかりいるんじゃなかった、次からは絶対に真面目に教本を追って斉唱しようと祥子は誓った。

 三回くらい必死の思いで念じながら、合っているとは到底思えない般若心経もどきを繰り返してから、祥子はゆっくりと動きだすことを試みた。──指先が動いた。

『やった!』

 そのままそろそろと両手の指が動くかどうか確かめてみた。──右手の指も、左手の指も動く。

 適当なお経ではあったが、にわかものではあるが熱心な帰依心が届いたのだろうか、祥子の身体は動くようになったようだった。

 いまだに漂う、生温かいような生臭い空気は気になったが、動くようになった指に力を得て、祥子はもう一度起き上がろうと試みる事を決心した。

 これで起き上がれなかったらどうしようと思うとまた心臓がうるさく跳ね出したが、無視して呼吸を整えた。

 心の中で数を数えて、リズムをつけて……

 

『……せーの、イチニのサン!』 ── バリっ!

 

 びっくりするほど大きな音が、祥子の耳元で響いて、祥子は思わず悲鳴を上げた。

 

「きゃぁぁぁぁーーーーっ!!!」

 

 なにが起こったのかわからずに、頭の中が真っ白になって動かなくなった祥子の部屋に、悲鳴を聞いて駆けつけた近くの部屋の友人達が見たものは、暗闇の中を髪の毛をありえない方向に逆立たせ、血の海に佇む祥子の異様な姿だった。

 白目を剥いてベッドの上で半立ちのまま気絶しているかのようなその顔は青白さを通り越して土気色をしており、鼻から続く血糊で顔半分が赤黒く染まっていた。

 

 祥子の動かないその視線の先にあるものは、枕に残った鼻血の海の跡だった。

 

 

 

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「前の晩、チョコたべすぎちゃったみたい★」(祥子)

 

というわけで、実話ベースですw

学生時代の友人が、こんな理由で遅刻しやがりました(笑)

鼻血を出した理由と現象が実話です。

本人は、血が乾いてくっついた」と言っていましたが、

それだけじゃなく貧血で力が入らなかったのも

立ち上がれなかった理由なんじゃないかと思って書きました。

一番うそ臭い部分が実話なのが衝撃的ですよねw