第1話 ねこねこファンタジー

 

 

 

 だっせー!だせー!だっせーーッッ!

  なんだってこんな暑い日に、こんなだせぇとこに連れてこられてんだ? 俺ってば。

 大体、『ねこねこファンタジー』なんてだせー名前のしょぼい遊園地が、このフケーキなゴジセイ(この言葉を言われて、いっつも俺は新しい靴を買ってもらえないんだ)に、なんで今まで潰れないでいられたんだろう。しかも、名前だけじゃなくってアトラクションそのものも、めちゃくちゃダサい。

 メリーゴーランドは馬じゃなくてでっかい猫で、フライングカーペットじゃなくてフライング猫の背中で、ジェットコースターは猫の顔つきで、ちっちゃな池の中をバー付きでぐるぐるしてるのも白鳥ボートじゃなくて猫ボートだ。

 つまりは、ただ単に、遊園地にあるすべての乗り物が、猫を模られている、というだけの、安易な作りなのだ。

 勿論、職員もすべて猫の着グルミ着用だ。

ただでさえ強い日射しに煽られて、クソ暑いっていうのに、毛むくじゃらのそいつらが視界に入るだけで暑さ倍増もいいとこだ。

よっぽど時給がイイのかと思ったけど、こんなショボイ遊園地、潰れないのが不思議なくらいなんだから、そんなハズないのに。それでも、やたらと元気な声で話しかけられてうんざり度は倍増だ。本当に、なんでこんな所に来るために、貴重な夏休みをつぶなさくっちゃいけないんだろう。来年には、中学生になろうともいう、この俺が。

そう思うと、頭が痛くなってきた。さらに、俺の隣で入口で配られてた風船とカキ氷を持ってはしゃいでる二人の大人が、この俺の保護者で実の両親だという事実も俺の頭痛を強くしていた。くそう。誰かこれは悪い夢なんだと言ってくれないだろうか。

できるなら、すンごい金持ちで、医者とか弁護士とか、なんかそういうカッコいい職業の親の下に生まれたかった。こんなフツーの会社員とパートの共働きの家になんかじゃなく。

いや。あんまりフツーじゃないか。

フツーの家には捨て猫が家中に保護されまくったりしていないもんな。先週また増えたから、いまは十八匹いるハズだ。月に2回、譲渡会とかいう里親探しの会もやってるけど、そこで里親が決まるよりそこに連れ込まれる猫の方が多いくらいで、焼け石に水っていうのはああいう事をいうんだと思う。

父さんと母さんだけじゃなくて、他のメンバーさんとかとも交代で、掃除したりお風呂に入れたりしてるけど、何十匹もいるからどんなに頑張っても、やっぱり臭い。しかもうるさいし。夜中でも電話がなって、捨て猫が連れて来られたりもする。友達だって連れて来れない。本当に最悪な家だ。

当然だけど、寄付なんかもほとんどないから、運営資金はメンバーの持ち寄りでまかなってる。だから、我が家はすンごく貧乏だ。

本当に、バカなんじゃないかと思う。

交通事故に合った老猫なんかが運び込まれた日には、しばらく『おかずはフリカケのみ宣言』がなされることもザラなのだ。育ち盛りの息子より拾ってきた汚い猫の方が大事だと思ってるんだ、この親どもは! そう思ったら、ちょっと涙腺の辺りが熱くなりかけて、俺は空を見上げた。くそうっ。

だから実は、夏休みだからとかじゃなくても両親揃って一家三人一緒に遊びにいくなぁんてことは、今日が俺の人生始まって以来のことだった。

ま、ここの入場券だって、他のボランティアメンバーの人に同情されて貰って、なだけみたいだけどさ。

物好きにも先月新しく父さん達のボランティアグループに入ってきたおばあちゃんが、遊園地に行ったことすらないという俺の話を聞いて憐れになったらしく(さすがボランティアに金と時間を費やそうなんて思う人だ。感傷的というか、子供だと思って馬鹿にしてるというべきか)、新聞屋から貰ったというココのチケットを持って来てくれたんだそうだ。

どうせくれるなら、もっとカッコいい乗り物のあるような所のにしてくれればイイのに、と、そう思わなくもなかったが、くれるというものを無駄にしても悪いし、なにより、夏休みにどこにも行かないまま、新学期になってしまうという最悪の事態を避けられる、それだけでも喜ばしいことだったので、誘われるまま付いてきたのだった。

でも。やっぱり、やめておけばよかったかも。

薄汚れた空飛ぶ猫が、視界をヨロヨロと横切っていくのを尻目にそう思った。海や山でキャンプとか、有名な黒鼠の国に行ったと自慢するクラスメイト達に、ここでの話をして何になるのだろう。かえって同情されるだけなんじゃないか?

こんなクソ暑い中、タダ券貰って喜んで、大して大きくもスゴくもないジェットコースターに乗ろうと汗だくになりながら並んでる両親と自分が、どうしようもなく惨めで悲しくなって俺はそこに一緒にいるのが苦しくなった。

その時、園内の端に、まったく人の並んでいないアトラクションがあるのが目に入った。

日の当たらない場所にあるのが悪いのか、なぜか誰も視線すら当てないで通り過ぎていく。小屋みたいな入口にボーっと黒猫の着ぐるみを着た職員が立っているけど、まさに立っているだけで、他の着グルミ職員達と違ってお愛想に手を振ってみせたりすらしていない。

そのやる気のなさが、今の自分にはちょうど言いような気がして、先頭に座れないかしらと暢気に人数を数えたりしている両親を指し置いて、俺は列から走り出した。

「俺、あっちのに乗ってくる!」

え? えーー?? と母さんの声が背中から聞こえてきたけど、振り向きもせずに俺は一気に走って、誰も並んでいない、静かなアトラクションへと辿り付いた。

「一人でも、大丈夫でしょ?」

左手首に巻かれたフリーパスを見せながら、黙ったままでやる気がないのを隠そうともしないでいる黒猫職員に声を掛けた。急に声を掛けられたので、ビックリしているようだ。寂れているとはいえ、夏休みの遊園地なのに、絶対に誰も来ないと思っていたようだ。別に、このアトラクションは工事中とかでもないようだったけど、もしかして……と不安になるほど間が空いてから、ようやく自分の仕事を思い出したのか、黒猫職員は小屋の入口を開け放ち、大袈裟な仕草で俺を招き入れてくれた。

うわー。暗いンでやんの。

足元に、ホンの少しの明かりがあるだけの薄暗いそこには、やっぱり猫を模ったクルマが用意されていて、一番前にあるヤツに乗り込むと、自然に安全バーが降りてきて体を固定された。自動操縦らしいそのクルマが、薄暗いトンネル内をレール伝いに進んでいく、というのがこのアトラクションらしい。フーン、って感じ。

誰も並ぼうともしなかったことも頭にあったせいか、まったく期待をしないまま、俺は、ただ暗いトンネルの入口にある扉をくぐった。

 

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