第2話 ふわふわのむくむく

 

 

 

「起きて〜。ねー、起きなよ〜。」

 フワフワしたもので、頬を突付かれているような幸せな感じがする。

 なんだか起きたくないな。ずっと寝ていたい気がする。

「こんなトコで寝てたら、風邪引いちゃうよ〜?」

 こんなトコ? こんなところって何処だろう? というか、さっきから声を掛けられているけど、なんだか聞いた事のない声だなぁ。また新しいボランティアの人が入ってきたのかなぁ。それにしても、目が醒めてきたせいなのか、なんだか下がゴツゴツして、寝心地が悪いぞ。どこだ、ここ?

「ホラ。しっかりして?」

 聞き覚えのない声に促されて、ようやく身体を起し、目を擦り開けると、目の前に広がっていたのは、まったくと言っていいほど見覚えのない場所だった。というか、ここ、本当に日本なのか?

夜にしては明るすぎるけど、昼というには暗いし、だいたい太陽の熱さを感じなかった。さっきまでのいかにも夏! という季節には不似合いな、まるで一気に秋とか冬にでもなっちゃったみたいな冷たい感じだった。

 

 大体、俺ってば遊園地にいたんじゃなかったっけ?

 父さんも母さんも、何処に行っちゃったんだろう?それとも、遊園地に行ったということ自体が夢で、俺ってば散歩に出た先で眠りこけちゃっただけなんだろうか?

 ・・・それにしては、やはり目の前の景色にまったく見覚えがないっていうのは変だというしかない。

 曲がりくねった太い幹をした樹木のうねった根の張った窪地になっているところに、俺は寝ていたようだった。服が泥だらけになっている。どのくらい寝ていたのかわからないけど、ずいぶんとながいことココにいたらしい。目が醒めきると、体が冷え切っていることに気が付いた。

 ックション!

 大きなくしゃみが付いて出た。うへぇ。本当に風邪引いちゃいそうだ。知らない町で、夜にひとりきりだという事実も手伝って、身体が勝手にブルッと震えた。

「だから早く起きなよって言ったげたのにぃ」

 後ろから、さっきから俺を起してくれていた親切な声が聞こえてきた。そうだ、別に一人じゃないんだっけ。この歳になって迷子なんてかっこ悪すぎるけど、このままなんにもない見知らぬ場所で、一人で夜を過ごすなんてヤバ過ぎることにはならないで済みそうだと思うと、ホッとした。とりあえず、交番の場所だけでも教えてもらえるし、電話さえ貸してもらえれば、直接迎えに来てもらえるように助けを呼ぶことも出来るハズだ。

 ちょっとだけ心の余裕を取り戻した俺は、できるだけ愛想良く、親切そうな声の人の方を振り向いた。

 

 え? なに、なんだ、このヒト……人?!

 

 振り返った目の前に立っていたのは、俺とあまり目の高さの変わらない、二本足で立つ、フカフカの毛皮に覆われた、猫型宇宙人? だった。リュックみたいなカゴに果物がいっぱい詰まっているのを背負っている。猫? 見た事ないほどデッカイ、白黒ブチ模様の猫が、日本語を喋っていて、二本足で立っていて、俺を見つめて、いる??

 そこまで思って、ようやく思い出した。そうだ、ねこねこファンタジー! 猫の着グルミを着た職員がいっぱいいる遊園地の地味で人気のないアトラクションに、ひとりではいっていったんだっけ。なんだ、そっか、アトラクションの続きか、コレ。あのトンネルの先にあるのか、この空間か。巧いもんだね、結構広く見える。

 明かりに熱を感じないのも、人工の照明なら当然だよな。俺ってばハズカシイの。寝ちゃった上に本気でびびっちゃったよ。まぁ、こういうのに慣れてないんだから仕方ないよな、うんうん。でももう大丈夫。この着グルミの職員が案内役なんだろうし、言われるままに任せておけばいいに違いない。

 しかし、ホッとしたのもつかの間、目の前の、白黒ブチ模様の着グルミ職員は、俺を置いて歩き出していた。

「ちゃんと目が醒めたなら、早くおウチに帰りなよね〜」

 手を振りつつそんな無責任な言葉だけを残して、そのまま、別に俺に何かを指示することなく、すたすたと歩いて行ってしまう。

そんなバカな! どんなRPGゲームでも、やっと会えた人に遭遇して情報をもらえないなんてことがある訳がない。まして地図すら手に入れてない状況で、マップ上に一人にされちゃったりしたらイベントのある村にすら辿り着けずに終わっちゃうかもしれないじゃないか。俺が立っている場所は森の入口というか出口というか、とにかく野原と森の境目っぽいだけのところで、足元を見ても何処を振り向いて見ても、矢印とか道の跡っぽいのとか、そういった案内らしきものも一切ないのだ。そんな場所に、ひとりで置いてかれて、いったいどうしろというんだろう。

俺は今度こそ本当に途方に暮れてしまった。このアトラクションの人気がないのも当然だという気になって、不機嫌にもなっていた。不親切にも程がある。そりゃ、よく知らないで足を踏み入れた俺も悪いのかもしれないけれど、それにしても、何の説明もないままこんなところに一人で取り残されるなんて、誰だって気持ちのいいものじゃないと思う。

俺はこれからどうしたらいいのか判断が付かないまま、それでも、たぶん、さっきの着グルミ職員の歩いて行った方向に何かがあるんだろうと目星をつけて、足を進めることにした。そんなに広い空間なはずもなかったし、例え案内のないまま部屋の奥で行き止まりになったとしても、それでもこのままここでボーッとしているよりはマシな気がしたからだった。

とぼとぼと歩き続けるうちに、どんどんと不安だけが増していく。

なにがどうなっても、どう考えても、寝ていた時間が本当はほんの一瞬だけだったとしても、このアトラクションに足を踏み入れてから、かなりの時間が経っているということは間違いがないように感じていた。足が棒のようだ。校内マラソン大会でも、遠足で山に登った時でも、こんなになった記憶はないのに。

咽喉はカラカラで、お腹が減って泣きそうだった。背中のリュックに入っていたペットボトルはとっく空だったし、キャンディーが入っていた箱もすっかり空になっていた。それに、ジェットコースターの列に並ぶ時に買ってもらったかき氷のカップを持っていないことに気が付いたときには、すでに最初に目が醒めた場所からかなり離れていて、とても元の場所に探しに行く気力はなかった。

オカシイ。

そうは思っても、足を止める勇気がなかった。立ち止まったら、座り込んでしまったら、きっと俺はもう立ち上がれない。そう思うと怖くてしょうがなかった。照明が落とされてしまっているのか、あたりはすっかり暗くなってきている。もしかしたら、外はもうすっかり夜で、園内には誰もいないかもしれない。そんな想像が頭を掠めていくたび、涙が出そうなほど心細かった。その度に、さっき会った白黒ブチ模様の着グルミ職員が、俺がまだ中から出てきていないと知っているハズだから大丈夫、と、一生懸命、自分に言い聞かせて、足を前に出し続けた。

でも。もう、動けない。

疲れすぎて、もう無理だった。辺りは真っ暗で、お腹も減りすぎいてる。もう動けない。俺はそのままずるずるとその場にへたり込んでしまった。泣き出さない自分が不思議なくらいだった。

どうしていいのか、どうしたらよかったのか、そればっかりが、頭の中をグルグルしていた。

迷子になった時は、その場から下手に動かない方がいいんだよ、と、もっと小さい頃、祖父母と出掛けた時に教わったな、と思い出したりしたけれど、別に迷子になったわけじゃない。これは遊園地のアトラクションで、だからどこかに案内板とか案内人とかがいるハズで。それか最悪、非常出口とかだってあって当然なんじゃないだろうか。こんなに広い部屋が、あの狭苦しい、貧乏遊園地内にあるということ自体が変なんだ。絶対にそうだ。文句言ってやる。ぜったいに訴えてやるんだ!ここを出たら、すぐにでもけーさつに駆け込んでやる!

「お腹、減ってるの?」

 頭の中だけは威勢良く、でも実際のところ両手を付いてうずくまっていた俺は、いきなり声を掛けられて、俺はびっくりしすぎて返事が出来なかった。

「立てないくらい、お腹減っちゃったの? 大変、大変だね」

そんな優しい声に対して失礼かもしれないけど、ようやくこんな時間になって遊園地の職員が俺を迎えに来たのかと思うと、見つけに来てくれたのだ、という感謝の念が湧くよりも、怒りの方が強くって、思わず怒鳴り返してしまった。

「腹が減ってるどころの話じゃねぇよ!」

 怒りに任せて振り上げた腕をフカフカの手に強く引かれて、そのまま立ち上がらせられた。しかし、なんといっても腹が減って疲れすぎていた俺は、そのまま再びその場にヘタれ込んでしまったもので、助けに来てくれた着グルミ職員の腕に抱き付いてしまう格好になってしまった。

 その時、なんだかヘンな感じがした。

 フカフカの着グルミの中には、普通、人間が入っているハズだ。もちろん、その人は洋服を着た上で着グルミを着込んでいるハズだ。だから、フカフカの着グルミである毛皮の下に、直接、筋肉や骨らしきものを感じるのはヘンなわけで……。

 それは、正しく、家中を占拠している猫達を撫で回した時の感触そのものだとしか思えなかった。

 ね、猫型宇宙人?

 でもここには酸素があって、しかも、目の前の猫っぽい人? 宇宙人? は、日本語をしゃべっていて、それで、それで、それで、その……

 俺は、それ以上考えるのを放棄して、親切そうな猫型宇宙人が、俺を背負って運んで言ってくれるのに任せた。

 フカフカの背中は、とてもやわらかくって、温かくって、気持ちがよくって、そのまま眠ってしまったからだ。

 

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