「だら奥純情」
ふわふわのパン生地に指で穴を開けて、
オリーブオイルをたっぷり塗って、
チーズは種類も量もいーっぱい乗せて、
黒胡椒を効かせてオーブンで10分。
アスパラのグリーンサラダと
グリルしたソーセージと一緒に、
冷蔵庫でキンキンに冷やした白ワインで
さぁ、召し上がれ。
「ゴハンできたよー」
オーブンから出した焼き立て熱々のフォカッチャ風ピザをテーブルに出しながら、あたしはパソコンに夢中の新ちゃんに声を掛けた。
ふっくらとしたパンピザの丸みを帯びたラインと、こんがり焼けたチーズが胃袋を刺激する。我ながら美味しそうだった。
「……」
「なによ。不満そうじゃない」
こんなに美味しそうなピザが焼けているというのに、新ちゃんの視線はどこか冷めていてあたしは悲しくなった。
「……普通に、美味しそうに焼けてるね」
「それがなんでそんなに不満そうな視線を向ける原因になるのよ」
納得のいかないあたしは食い下がった。本当はこんなばかげた口論で時間を食いたくなんかなかったけれど、それはそのままあたしの焼きたてピザが冷めていって美味しさを半減……ううん、口論が続く気まずい雰囲気の中で食べたら美味しさなんて半分以下になること請け合いだったから。
「だって、昔の奥さんが焼いたパンはもっとこう、潰れてて堅くてがっしりしてて……もっとこう、個性的で楽しかったのに!」
「いつまでもそんな昔の失敗をほじくり返さないでよっ」
まったく。いくらなんでもそんな失敗ばかり繰り返したりしないわよ。あたしだって学習機能というものもあるし、今はネットで簡単で失敗の少ないパンの焼き方くらい検索できるんだから。
「だって、数少ない奥さんをからかえる弱点だったのに。『ケーキは膨らみすぎるほど膨らむのになんでかねぇ?』ってからかうの、大好きだったのに!!」
「ムカツクーッ!」
付き合い始めの頃に焼いたケーキが爆発的に膨らみすぎて、ケーキ型から溢れ出してしまたことまで持ち出してからかおうとする夫の肩を、あたしは「天誅!」といいながらバシバシと叩いてやった。
あははと笑ってあたしからの天誅を受け止める新ちゃんの顔は、むかつくほど可愛い。
昔、『女房酔わせて、どうするの?』というCMがあったけれど、『女房惚れさせて、どうするの?』と問いたい。問い詰めたいほど胸がきゅんとした。
「ワイン温くなっちゃうでしょ、早く開けてよね」
あえてピザのことは口にせずに、あたしは新ちゃんにソムリエナイフを差し出した。
焼きたて熱々のピザは冷たいワインと良く合っていて、食事の時間は楽しく過ぎていった。
「そういえばアホウ太郎ってば大臣要請蹴ったんだね」
「党三役じゃないからなぁ。でもさ、“秋葉原漫画アニメ大臣”とか新設すれば引き受けたんじゃないか?」
ニュースキャスターが真面目な顔で伝えているそれを、馬鹿話に発展というか与太話にまで貶めながら囲む楽しい食卓での時間は、あたしにとって結婚して初めて手に入れた大切な時間だった。
『さて、今夜は中秋の名月、十五夜ですね……』
お天気のコーナーに移ってすぐ、キャスターのお姉さんの言葉ではっとした。
「あぁっ。今日って中秋の名月なんだっけ。忘れてた!」
「へー、そうだったんだ」
「それなのにあたしってばピザなんか焼いちゃってるじゃん。十五夜っていったら和食じゃん? それとお月見団子じゃん。お団子ないよっ」
お月見といえば定番は月見団子とススキだ。
砂糖と上新粉を練ったものを蒸かして、さらに練り上げるだけで作れるそれは、材料さえそろえれば、あとは力技だけで形になるありがたいものなのに。
頭の中で食品庫の中身を検索してみたけれど、上新粉もなければ、白玉粉みたいな代用できそうなものもまったくなかった。
「コンビニにいけば買えると思うよ。一緒に買いに行く?」
「買ったやつじゃなくて、手作りして新ちゃんと一緒にお月見したかったんだもん」
実家では親が興味のないことはちっともやったことなかったから、結婚したら絶対にそういう風習というかイベント事を新ちゃんと一緒に全部やってみたかったのに。
結婚一年目にしてその野望が夢と潰えてしてしまったあたしは、がっくりと肩を落とした。
「……。聡子、目玉焼き作ってくれ」
「目玉焼き? 食べたいの?」
だいぶ冷えてしまってはいたけれど、テーブルの上にはあたしの力作のピザもソーセージも残っているというのに。
「うん。いつものトロトロ半熟の方が好きだけど、今夜はちょっとだけ固めでお願い」
「わかった」
なんで今このタイミングで目玉焼き?とは思ったけれど、これはきっと新ちゃんなりのやさしさなんだと思ってあたしは台所に立った。
「片目にする? 両目にする?」
「片目で、まん丸に綺麗に焼いてね。それと、両面は焼かないで半熟じゃなくしてね」
むむっ。なかなか注文が細かいな。
ひっくり返して焼くターンオーバーじゃなくて固めにするということは、蒸し焼きにするべきかしら。
あたしは塩コショウ味がすきだけれど、いつもお醤油で食べる新ちゃんのための目玉焼きなのであえて味付けもせずに、温めて油を引いたフライパンに卵を割りいれた。縁が少し固まったところに少量を水を入れて蒸し焼きにすると、焦げたり焼きすぎで白身がプラスチックみたいになるようなこともなく綺麗に焼ける。
フライパンの中からする音が小さくなってからあたしは蓋を外して最後に残っていた水分を飛ばして、出来上がった目玉焼きをお皿に移した。
うん。なかなかの出来映えだ。
「おまたせ。できたよー」
テーブルに置こうとしたそのお皿を、新ちゃんがそのまま受け取って……テーブルの真ん中でひっくり返した。
「!」
びっくりして声がでないあたしに向かって、新ちゃんが話し出した。
「日本ではお月見といえばお団子だけど、中国では月餅っていうお饅頭を食べるんだって。でね、日本で売っている月餅って小さいけど、中国で食べているそれはもっと大きくて、真ん中に塩漬けになった卵の黄身が入っていて、それをお月様に見立てているんだね。でね、家族一緒にお月見をしながら、ひとつの月餅を人数分に切り分けて食べるんだってさ。……はい、奥さんの分のお月様」
差し出されたのは、私が焼いたピザの上にのった半分だけになった目玉焼きだった。
「お饅頭の中でもないし、塩漬けになってもいないけれど、一緒にお月様を分け合って食べよう」
新ちゃんが取り分けてくれたピザはすっかり冷めていて、チーズも油っぽくなっていて美味しくなんかなかったし、久しぶりに食べる半熟じゃない目玉焼きは黄身の部分がモサモサッとしていて、ちょっと咽喉に絡んでしまって飲み込みにくかった。ふたりして少し咽つつそれを食べた。
冷たいピザと、モサモサの目玉焼きの黄身を笑いながら食べるあたしたち。ここにはあたしたちしかいないけれど、もし誰かに見られたら多分きっと変な目をむけられてしまうだろう。
けれど、ベランダから見える月はこれまで見た中でも最高に綺麗で輝いていて、その下で笑っているあたしたちは最高に幸せだった。
今年(2007)の中秋の名月
我が家のベランダから見上げる月はとても綺麗でした。
実際には夫と一緒にマリービスケットアイスに齧りつきながら眺めたんですけどね(笑)